新しい通信方式
国内の携帯電話事業者は、新しい通信方式である「第5世代移動通信システム(5G=ファイブジー=5th Generation)」のサービスを始めました。
携帯電話は、アナログ方式だった第1世代から、第2世代以降はデジタル方式に変わりました。第3世代(3G)からは世界共通方式となり、さらに「3.9世代」とも呼ばれていたLTEなど、そして第4世代(4G)の「LTE-Advanced」「WiMax2」へと「進化」しました。。
世代が代わるにしたがって、携帯電話の通信速度が上がり、大量の情報をより短時間で送信できるようになりました。通話やメールだけでなく、インターネットのホームページを閲覧したり、高精細な動画を見ることが可能になったのです(図1)。
国の位置づけ
国は「平成30年版情報通信白書」の中で、5Gの必要性について、以下の通り述べています。
- あらゆるモノが繋がるIoTの進展に伴い、その基盤となる通信ネットワークの重要性は飛躍的に増大する。画像や動画を始めとして大容量の情報が多数やりとりされるようになり、社会に存在するあらゆる機器が接続されることになればその数も膨大なものとなる。また、遠隔医療のように機器をネットワーク経由でタイムラグなくスムーズに操作することが求められる場面も増える。本格的なIoT時代を迎えるにあたり、こういった要請に応える通信システムが求められる。
- 移動通信のシステムは、音声主体のアナログ通信である1Gから始まり、パケット通信に対応した2G、世界共通の方式となった3Gを経て、現在ではLTE-Advanced等の4Gまでが実用化されている。これに続く次世代のネットワークとして注目されているのが5G、即ち第5世代移動通信システムである。
5Gのスケジュール
通信仕様を定める国際的なプロジェクトである「3GPP」は、2018年6月に5Gの仕様策定を完了しました。これとほぼ歩調をそろえる形で2018年7月、総務省の情報通信審議会が「新世代モバイル通信システムの技術的条件」のうち「第5世代移動通信システム(5G)の技術的条件」について総務大臣へ一部答申し、国内で展開される5Gの技術的条件も定まりました。
5Gサービスの全国展開を希望している携帯電話事業者4社に対する公開ヒアリングが2018年10月3日に総務省で開かれました(議事要旨)。4社のうち、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社は、2019年から一部のサービスを始めると表明しました。
携帯電話事業に新規参入する楽天は、2019年10月に4Gサービスを東京23区、名古屋市、大阪市から始め、2020年から5Gサービスを開始すると説明しました。
5Gの特徴(1) 高い周波数
4G以前と比較した場合、5Gで特徴的なことがいくつかあります。
4G以前で利用されている周波数帯域は、すでにいろいろな用途で利用されており、5Gが望む幅広い帯域幅を確保する余地がありません。そこで、従来よりも高い周波数帯である、3.7GHz、4.5GHz帯、28GHz帯を5G専用で利用することになりました(図3)。これらの周波数帯も実は、それなりに利用されてはいて、まったくの“更地”というわけではありませんが、それでも、より低い周波数帯よりは帯域幅を確保しやすいということのようです。
これらのうち28GHz帯の電波は「ミリ波」と呼ばれています。ミリ波とは、波長が1~10mm、周波数30~300GHzの電波のことを言います。28GHzの波長は厳密には10mmより長いですが、28GHz帯も一般的に「ミリ波」と呼ばれています。
5Gの特徴(2) 広い周波数帯域幅
5Gは周波数帯域幅がとても広いという特徴があります。1通信事業者あたり、3.7GHz帯および4.5GHz帯では最大100MHz、28GHz帯では400MHzの帯域幅が割り当てられました(4Gは最大40MHz)。周波数帯域幅が広いということは、すなわち、たくさんの電波を使うことを意味します。すると、通信速度が速くなります。5Gは、新しいとても高度なテクノロジーによって超高速通信を実現するというイメージを持たれそうですし、実際にそうなのですが、そもそも、たくさん電波を使うことで超高速化する通信方式であることが重要な点です。
5G用に割り当てられる周波数帯域(バンド)候補の幅は、現在利用中の4G以前の帯域幅を全部合わせたよりも圧倒的に広いです(図2)。
5Gの特徴(3) スモールセル(膨大な数の基地局)
5Gで使うミリ波などの周波数がより高い電波は、4G以前で利用されている周波数がより低い電波に比べて、到達距離が短いです。したがって、携帯基地局1基あたりがカバーするエリア(セル)は、より小さく(スモール)なります(図3)。
通信事業者は、5Gの基地局装置を従来と同様のサイズとし、最大帯域幅を利用する(ミリ波の)場合、5Gのセルサイズは約100mが限界であり(既存電波は3~4km)、最大で既存の100倍の数の基地局の設置が必要になるとしています(NTTドコモ「5Gサービス展開イメージ」2018年4⽉27⽇)。言い換えると、ミリ波については、基地局が約100mおきという非常な高密度に設置され得ることになります。
5Gの特徴(4) ビームフォーミング
上述の通り、ミリ波など周波数が高い電波は到達距離が短いですが、電波が飛ぶ方向を絞り、エネルギーを集中させることで到達距離を伸ばすことができます。4G以前は基地局から広い範囲へ電波を飛ばしています(図4の左側)が、5Gではケータイ1台ずつへ向けて電波をビーム状に飛ばします(図4の右側)。ビームを作るので「ビームフォーミング」と言います。
逆に、ビームの周辺へは電波が届きにくくなるので、基地局間の干渉を減らせます。
5Gの特徴(5) ビームスイーピング
電波が飛ぶ方向を特定のケータイ・スマホ端末がある方向へ絞るためには、端末がどこにあるのかを探さなければなりません。その仕組みが「ビームスイーピング」です。4G以前では、基地局からある程度の広範囲に電波を送信するため、そのまま端末の位置を特定できますが(図5左側)、5Gでは基地局からビームを灯台のように一定周期で回転させながら出して、端末の位置を特定します(図5右側)。
5Gの特徴(6) ビームトラッキング
4G以前ではある程度の広範囲へ電波を送信するため、基地局のエリア内であれば、端末が異動しても電波はそのまま届きます(図7左側)。5Gの場合は電波をビーム状へ飛ばすので、端末が異動すれば、それを追いかける「ビームトラッキング」機能が必要となります(図6右側)。
5Gの特徴(7) Massive MIMO
MIMO(Multi-Input Multi-Output)とは、 送信機と受信機の両方に複数のアンテナを搭載し、通信品質を向上させる技術です。LTEで採用済みですが、5Gでは、それをさらに大規模(massive)に行おうとしています。
図8は、Massive MIMOの基地局から、携帯電話1台ずつに電波をビーム状に放射しているイメージです。ちなみにこの図は、「お爺さんが5人で、5G(ジイ)」というダジャレになっています。
5Gの特徴(8) 客は消費者だけでなく企業なども
5Gでは、4Gまでと比べ、より数多くの基地局の設置が必要となり、投資額は巨大になります。NTTドコモなど携帯大手3社の総投資額は5兆円規模と報じられています(日本経済新聞電子版 2017年10月18日)。
調査企業「Moor Insights & Strategy」は、5G関連のITハードウェア投資額が2025年までに3260億ドル(約35兆円)に達すると予測しています(Forbes Japan 2018年3月5日)。
しかし、ケータイ・スマホ市場は飽和状態と言われています。ケータイ・スマホユーザーだけを相手に商売をしていたら投資額を回収できないかもしれません。
そこで、産業、医療、行政に利用してもらうなど、ケータイ・スマホ以外に5G電波の用途を広げることに、官民を挙げて躍起になっています。
総務省が旗を振って、産業などによる5G電波活用法を開発する「5G総合実証試験」(2017年度)(2018年度)を展開しています。通信会社に限らず、広範な分野の企業が参加しています。
総務省はまた、「5G利活用アイデアコンテスト」(2018年10~11月募集)を開催し、5G利用の新たなアイデアの発掘にも取り組みました。4G以前でこのようなコンテストを開いたことはなかったことからも、国などが5Gの企業などの利用を重視していること、そして、企業などの利用について確かな見通しを持てていないことがうかがわれます。
5Gで実現を目指す性能
5Gによる通信は、以下の通り、超高速化、多数同時接続、超低遅延を実現するとされています(図9)。特に、多数同時接続、超低遅延は、産業向けの利用を意識した性能だと言えます。
- 超高速化:最高伝送速度 10Gbps 4Gの10倍の速度
2時間の映画を3秒でダウンロード - 超低遅延:タイムラグ1ミリ秒 4Gの10分の1
建設機械やロボットを遠隔操作 - 多数同時接続:接続機器数100万台/k㎡ 4Gの30~40倍の台数
家電やセンサーなど身のまわりのあらゆる機器がネットに接続
3G以前はサービス終了へ
第1世代は、日本では1979年12月にサービスが開始され、2000年9月に終了しました。
第2世代は、2012年7月にサービス終了しました。
第3世代は、事業者によっては既に終了し、一番遅いドコモも2026年3月31日までに終了すると発表しています。
4Gと5G
2020年に5Gの商用サービスが開始される当初においては、5GはNSA(ノン・スタンドアローン=独り立ちしていない)という仕組みで開始されると説明されています。これは、4G (LTE) と「コアシステム(携帯電話ネットワークを制御する中核的な装置群)」を共用するなど、4Gと連携しながら運用され、5Gとしての性能も可能なところから実現していくというものです。
その数年後に、SA (スタンドアローン=独り立ち)構成の5G基地局の導入が開始され、5Gのすべての性能が発揮できるようになるとのことです。
また、5G専用の周波数帯よりも低い4Gの周波数帯(700MHz帯、1.7GHz帯、3.4GHz帯、3.5GHz帯など)を、5Gへ転用、または5Gと共用化する対応も進められています。
これらの周波数帯を5Gにしても帯域幅が変わらないため、通信速度は4Gより速くなりません。このためドコモの社長は当初「なんちゃって5G」だと揶揄していました。しかし、5Gエリア拡大をスピードアップできるメリットがあり、後にドコモも「なんちゃって5G」を始めています。
産業の5G利用
産業などによる5G利用について、総務省の委員会は、以下のように例示しています(図12)。
- 安全・安心分野=高密度、広域に配置された監視カメラから高精細映像を5Gで人工知能(AI)へ送り、従来捉えられなかった犯罪などに関わる事象を捉えて警備員へ警報を送る。
- 建築分野=現場から離れた場所で、現場の高精細画像を見ながら重機を遠隔操作する。5Gは低遅延でタイムラグが小さいため、操作する者の疲労が軽減される。
- デジタルコンテンツ(VR)分野=商品がその場になくても体験シミュレーションをリアルタイム配信する自動車や住宅設備などのバーチャルショールーム。
5Gの経済効果
総務省が「電波政策2020懇談会」に提出した参考資料で、5Gによる経済効果を産業別に試算し、それらを合計すると約46兆8000億円となっています。
内訳は、以下の通りです。
- 交通分野 21兆円
- オフィス/ワークプレイス分野 13.4兆円
- 医療分野 5.5兆円
- 流通関連分野 3.5兆円
- スマートホーム 1.9兆円
- 農林水産分野 4268.2億円
- 教育関連 3230億円
- 予防保全の実施による橋梁更新費用の低減 2700億円
- 観光関連 2523億円
- スポーツ分野 2373億円
5Gの需要などについての慎重な見方
国が経済効果を強調する一方で、5Gへの需要についての慎重な見方もあります。
夏野剛・慶応大学特別招聘教授は「高速・大容量、低遅延、多数接続と言われてもユーザーには価値が分かりにくい。料金が安くならない限りユーザーは5Gを選ばないのでは。4K(フルハイビジョンの4倍高精細)映像の配信サービスは4Gでも可能であり、個人ユーザーが10Gbpsもの超高速送信を生かせる用途が無いのが現状」と指摘しています(『すべてわかる5G/LPWA大全』日経BP社、2017年9月)。
また、米国の大手通信ソフト企業TEOCOの Hemant Minocha 副社長は「他のシステムではできず5Gならできるものは何かという問いには、今のところ明確な回答はない。IoTにとって5Gは必要条件ではない」と述べています(米国のIT情報サイト・RCRワイヤレス「Transitioning to a 5G world」(2017年11月)の21頁)。
まとめ
以上、見てきたとおり、5Gは4Gまでと比べて非常に広い帯域幅を使います。これは、従来よりもたくさんの電波が使われることを意味します。また、5Gはビーム状に電波を飛ばすという、4Gまでとは異なる電波の出し方をします。これらのことから、5Gは4Gまでとは異なる曝露曝露を人や野生動物等へもたらすことが予想されます。こうした曝露が健康影響を生じさせないのか、検証が必要となります。
さらに、5Gビジネスは、携帯電話・スマホを使う消費者向けだけでなく、産業向けにいかに売るかが成否を握ります。しかし、産業向けに実際どれほど売れるのか、見通し難い状況です。もし期待ほど売れなかったら、そのツケは、料金値上げなどの形で消費者へ跳ね返ってくるかもしれません。